01 | Paschke, P. | 317.1 | ||
02 | Tschofenig, D. | 309.2 | ||
03 | Ortner, M. | 307.1 | ||
04 | Kraft, S. | 306.0 | ||
05 | Hoerl, J. | 300.9 | ||
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シュリレンツァウアーは史上2人目のジャンプ週間3連覇なるか?
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グレゴア・シュリレンツァウアー(オーストリア)は、この2年、連続総合優勝している。もし今年も連続で制覇できれば、45年ぶり、2人目の3シーズン連覇記録達成となる。ビョルン・ヴィルコラ(ノルウェー)は1967年、1968年、1969年にその記録を樹立している。
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シュリレンツァウアーはまた、ジャンプ週間で3回以上総合優勝を勝ち取る5人目のジャンパーとなる可能性もある。これまでその記録を持っているのは、フィンランドのヤンネ・アホネン(5勝)、ドイツのイェンス・ヴァイスフロッグ(4勝)、ヘルムート・レックナーゲル(3勝)、ノルウェーのヴィルコラ(3勝)の4人だ。
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シュリレンツァウアーは、これまでジャンプ週間総合で4回トップ3に入っており、今季で5回以上ジャンプ週間総合で表彰台をあげる5人目になれるかもしれない。これまでそれを達成しているのは、アホネン(10回)、ヴァイスフロッグ(9回)、ヴィルコラ(6回)、そしてフィンランドのマッティ・ニッカネン(5回)の4人だ。
シュリレンツァウアーはジャンプ週間の最多白星記録のチャンスもある
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シュリレンツァウアーはジャンプ週間の試合で、ガルミッシュ=パルテンキルヒェンで3回、オーバースドルフ、インスブルック、ビショフスホーフェンでそれぞれ2回、合計9回優勝している。
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シュリレンツァウアーと同様9回優勝のアホネンが、ヴィルコラとヴァイスフロッグが立てた最高記録の10勝にあと1勝と迫っている。
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今シーズンで新記録を立てるには、シュリレンツァウアーは4試合中2試合以上勝たなくてはならない。最近の2シーズン連続も含め、シュリレンツァウアーは既に4回それをなし得ている。
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シュリレンツァウアーは、ジャンプ週間で15回の表彰台を達成しており、表彰台数ランキングで5位に着いている。今シーズンで、オーストリアのアンドレアス・ゴルトベルガー(17回)とヴィルコラ(18回)の記録に追い付くか、もしくは越えることも考えられる。
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シュリレンツァウアーはこれまで2回(2012年と2013年)、全4試合で表彰台をものしている。3シーズン全4試合で表彰台達成というヴァイスフロッグの記録に並ぶ可能性もある。ヴァイスフロッグはその記録を1984年、1994年、1996年で立てている。アホネンも2005年と2008年に全4試合で表彰台に上がり、理論的にはヴァイスフロッグの記録に手が届くことになるが、可能性は低いようだ。
オーストリアはジャンプ週間6回連続制覇を果たすか?
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過去5年のジャンプ週間で、オーストリアが連続総合優勝を決めてきた。最近2年がシュリレンツァウアー、2011年がモルゲンシュテルン、2010年がアンドレアス・コッフラー、2009年がヴォルフガング・ロイツルが制覇してきた。
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これは、既に一ヶ国の連続総合優勝最多記録だ。過去5年はオーストリア勢が圧倒的に強く、20試合中15試合勝っている。ここ5年のジャンプ週間で、優勝した他の国は、ノルウェー(3勝)とスイス(2勝)の二国のみだ。
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オーストリアはこれまでジャンプ週間を14回制覇しており、16回総合優勝のフィンランドに続いている。ドイツも合計すると16回総合優勝を果たしている(東ドイツ11回、ドイツ3回、西ドイツ2回)。
アホネンはもう一度表彰台を達成すれば記録樹立
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ジャンプ週間で史上最多、総合優勝記録のヤンネ・アホネンは、ヴァイスフロッグに並び29回、表彰台に上がっている。
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あと一回、アホネンが表彰台に達すれば、ジャンプ週間で30回表彰台に上る史上初のジャンパーとなる。
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アホネンの最後の表彰台は2010年のビショフスホーフェン大会で、そのシーズンはジャンプ週間中3回表彰台に上った。
ストッホはポーランド史上2人目の勝者となるか?
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ワールドカップ総合ランキングで首位に着いているポーランドのカミル・ストッホは、2001年のアダム・マリシュ以来、ポーランドで2人目のジャンプ週間総合チャンピョンとなる可能性を持っている。
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マリシュは、ジャンプ週間の試合でこれまで優勝したことのある唯一のポーランド人だ。彼は2001年のインスブルックとビショフスホーフェンで優勝している。
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これまでストッホがジャンプ週間総合で出した最高順位は、2013年の4位だった。
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ストッホがジャンプ週間で達成した表彰台は、昨シーズンのインスブルック大会で取った2位だけである。